職人日記

飾屋しろがね職人の原田明徳のブログです。
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飾屋の素〜うしおととら

日の長さを実感しつつある今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?


飾屋のプレゼント企画と卯月の千代、まだまだご応募お待ちしております。


さて、今日は久しぶりに飾屋の素と言うことで、
最近読み返した漫画の話でございます。

新作の参考にするために読んだ「うしおととら」という、
人間と妖怪の話ですが、ご存じでしょうか?

妖怪を滅ぼす為に造られた「獣の槍」に魅入られた少年と、
その少年を喰らうべく取憑いた、槍に封じられていた妖怪、
そして、全ての元凶となった大妖怪を巡る、冒険活劇です。

10年以上前に少年サンデーで連載されていたのですが、
いやいや、今読み返しても充分すぎる程面白いです。

何章もの物語があるのですが、
一件何の繋がりが無いように見えて、そのどれもがとても重要な複線だったり、
最後に解る驚きの真実など、飽きさせない物語構成もそうですし、
何しろ画力が凄い!!絵が上手いですし、妖怪のデザインも素晴らしい。
本当に「棲んで」いそうで、「畏れ」を抱く妖怪の数々。


ちなみに、自分が好きな話は、
血袴の話、サトリの話、2本目の獣の槍が出来るのを阻止する話です。
何のことか解らないでしょうけれど、是非漫画喫茶などで読んでください!
32巻・33巻の全ては言うに及ばずです。
最後のとらの別れのシーンなどは涙ですよね。
「もう…喰ったさ…ハラぁ…一杯だ」という笑顔の理由が、泣かせます…


で、自分が好きな、と言うか影響された台詞がその後にあって、
多くの妖怪が海の底へと向かう時、東西の長がこんな事を言うのです。
「我々はこの国が好きなのだ。
 草木が語り、土がなお生きるこの地がな…
 いつでも心せよ。この国の礎には常に我らがあることをな!!」

これは自分が考える「真の和」の一面を的確に表した台詞なのです。

日本は昔から「精神文化」の国でした。
「八百万(やおろず)の神」が棲まうといい、
有りとあらゆる物に「神様」が居ると信じてきました。
それが日本人特有の倫理観・道徳観を育て、生活の規範となってきたわけです。
また、そうする事で自然を敬い、協調して生きてきたのです。
その八百万の神を妖怪や魑魅魍魎として畏れて来たのですね。

そうした感覚・感性を持てるようになったのは、
やはり美しい自然、四季があればこそであり、
時として災害をもたらすからこそ、神の怒りとして「畏れ」、
無事に作物が収穫できたり、冬を越すなどの恵みがあるから「敬い」
そこに人知を超えた「神」の姿を「感じる」事が出来たのではと思います。

それを濃密に集約させたのが、上の台詞なのです。


西洋の物質文明との大きな違いの一つがここにあって、
自然や動物を「征服・支配」するか、「調和・協調」するか。
もちろん、日本は後者“だった”はずなのです。

“だった”というのは、もう言わなくてもお解りかと思います。
日本はもはや、物質至上主義にとって代わられたと言わざるを得ません。
大量消費・大量生産の中で、物の価値が薄らいでいくなかで、
神の存在など、一体どれだけの人が感じているのでしょうか?
精々、初詣や都合の良く神頼みする時くらいでしょうか?
自分の心の中に「神さま」という道徳規範を持てなくなったのも、
もはや当然の成り行きなのかもしれませんが、
だからこそ、「日本人なのに和風が好き」という、
訳の分からない事が多くなってきてしまうのかもしれませんね。


ともかく、「うしおととら」、是非お奨めします!
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